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 高校ではクラスこそ違ってしまったけれど、学校が同じなのは奇跡だった。とはいえこの島にはそれほどの選択肢はないし、彼の成績であればどの高校に行こうが進路は思いのままだったろうから、単に近くの学校を選んだだけなのかもしれないけれど。高校でも相変わらず私は彼のことが好きで、その気持ちは五年間まったく衰えることはなくむしろ日々すこしずつ強くなっていった。彼の特別なひとりになりたいという気持ちはもちろんあったけれど、でも正直、私は好きという気持ちを抱えているだけでもう精一杯だった。彼と付きあったその後の日々なんて一ミリも想像できなかった。学校であるいは町で、遠野くんの姿を見かけるたびに私は彼をもっと好きになっていってしまって、それが怖くて毎日が苦しくてでもそれが楽しくもあり、自分でもどうしようもないのだった。

 夜七時三十分。帰り道にあるアイショップというコンビニで、私たちは買い物をする。遠野くんとは週に〇・七回くらい──つまり運の良い時は週に一回、運のない時は二週に一回くらいの割合で一緒に帰ることができるのだけれど、いつからかアイショップへの寄り道が定番のコースになった。コンビニといっても夜九時には閉まるし花の種とか近所のおばちゃんの作った土の付いた大根なんかも売っているようなお店なのだけれど、お菓子類の品揃えもなかなか充実している。有線放送では流行のJポップなんかがかかっている。天井にずらっと並んだ蛍光灯が、狭い店内を白っぽい光でこうこうと照らしている。

 遠野くんが買うものはいつも決まっていて、デーリィコーヒーの紙パックを迷いなく選ぶ。私はいつも何を買うべきか迷ってしまう。つまり、どんなものを買えば可愛いと思われるのかという問題。彼と同じコーヒーじゃなんだか狙ってるみたいだし(実際狙ってるんだけど)、牛乳はちょっとガサツな気がするし、デーリィフルーツは黄色いパックが可愛いけれど味がちょっと好きじゃないし、デーリィ黒酢は本当は飲んでみたいけれどなんかワイルドすぎるし。

 そんなふうに私がぐずぐずと迷っているうちに、「澄田、先行ってるよ」と言って遠野くんはレジに向かって行ってしまった。ああもう、せっかく隣にいたのに。私は慌てて、結局いつものデーリィヨーグルッペにしてしまう。今日これで何個目だっけ? 二時間目の後に購買で一個買って飲み、昼休みに二個飲んだから、これで四個目だ。私の体の二十分の一くらいはヨーグルッペでできてるんじゃないかと思ってしまう。

 コンビニを出て角を曲がると、遠野くんが単車に寄りかかって携帯メールを打っている姿が見えて、私は思わずポストの陰に隠れてしまった。空はもう暗い濃紺で、風に流されている雲だけがまだかすかに赤く夕日の名残を映している。もうすぐ島は完全な夜になる。サトウキビの揺れる音と虫の音であたりは満ちている。どこかの家の夕食の匂いがする。暗くて彼の表情は見えない。携帯の液晶画面だけがくっきりと明るい。

 私はつとめて明るい表情を作り、彼の方に歩いていく。私に気づいた彼はとても自然に携帯をポケットにしまい、「おかえり澄田。何買ったの?」と優しく話しかけてくれる。

「うん、迷ったんだけど結局ヨーグルッペ。実は今日これで四個目なんだ。すごいでしょ」

「え、うそ。そんなに好きなの? そういえば澄田いつもそれだよね」

 会話をしながら、私の意識は背負ったスポーツバッグに入っている自分の携帯電話に向かってしまう。遠野くんのメールの相手が私だったらいいのにと、もう何千回も願ったことをまた考えてしまう。でも彼のメールが私に届いたことはない。だから私も彼にメールは出せない。私は──と強く思う。せめて私だけは、この先の人生でどんな人とデートすることになろうとも、その人と一緒にいる時間は全力で相手のことだけを見ていよう。携帯なんか絶対に見ないようにしよう。この人は自分じゃない他の誰かのことを考えているなんていう不安を、相手に与えない人間になろう。

 星の輝きはじめた夜空の下で、どうしようもなく好きな男の子と話しながら、私はなんだか泣きそうな気持ちになりながら強く決心をした。

2

 今日は波が高くて数も多い。でも風はちょっとオンショア気味なので崩れた波が多い。午後五時四十分。放課後海に来てからもう何十セットもの波にアタックしているのに、やっぱり一つも乗れていない。もちろんスープ──崩れた後の白波には誰でも簡単に立てるけれど、私はきちんとピークから立ってフェイスを滑り降りたいのだ。

 沖に向かって必死にパドルしながら、それでも私は海と空にほれぼれと見とれてしまう。今日は分厚い曇り空なのに、空はどうしてこんなにも高く見えるんだろう。海の色も、雲の厚さを映して刻一刻と変わる。パドリング中の目線の高さが数センチ違うだけで、その複雑な海面はがらりと表情を変える。早く立ちたい。一五四センチの高さから見た海はどんな表情を見せるのか知りたい。どんなに絵がうまい人間でも──と私は思う。今私の見ている海は絶対に絵には描ききれないだろう。写真でもダメ、ビデオでもきっとダメだ。今日の情報の授業で習った二十一世紀のハイビジョンは、横が千九百個くらいの光点で構成されていてそれはもうものすごく高精細だという。でもそれでもきっとぜんぜんダメ。目の前のこの風景が千九百×千イコールたった何百万かの点で表現しきれるわけがない。それで十分きれいだと、授業で喋った先生もハイビジョンの発明者だか映画の制作者だかも本当に信じているのだろうか。そしてこんな風景の中にいる私自身も、きっと遠くから見たら美しく見えているに違いないと、私は祈るように思う。遠野くんに見て欲しいなと私は思い、それから引っ張り出されるように今日の学校での出来事を思い出す。

 昼休み、いつものようにユッコとサキちゃんと一緒にお弁当を食べている時、三年三組の澄田花苗さん、と校内放送で呼び出された。生徒指導室まで来てください、と。理由は分かっていたけれど、私がその時思ったのは呼び出しを遠野くんに聞かれたかもしれないという恥ずかしさだった。それからお姉ちゃんにも。

 がらんとした生徒指導室には、進路指導の伊藤先生が座っていて、先生の目の前には一枚のプリントが置いてあった。私が仕方なく名前だけ書いて提出した進路調査用紙だ。開け放した窓の外からはいかにも夏! といったかんじに盛大にセミの鳴き声がするけれど、部屋の中はひんやりと涼しい。雲が速い速度で流れていて、日が射したり消えたりしている。東風だ。今日は波が多そうだなと考えながら、先生の向かいに座った。