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  まず、おねえさんは小さなアリス自身のことを夢に見ました。そしてさっきと同じように、小さな手がこちらのひざのうえでにぎりしめられ、そして明るいいきいきとした目が、こちらの目をのぞきこんでいます― ―アリスの声がまざまざときこえ、いつも目にかぶさるおちつかないあのかみの毛を、へんなふり方で後ろに投げ出すあのしぐさも見えます― ―そしてそれをきくうちに、というかきいているつもりになるうちに、おねえさんのまわりがすべて、妹の夢の不思議な生き物にいのちをふきこむのでした。

 白うさぎが急ぐと、足もとで長い草がカサカサ音をたてます― ―おびえたネズミが近くの池の水をはねちらかして― ―三月うさぎとそのお友だちが、はてしない食事をともにしているお茶わんのガチャガチャいう音が聞こえます。そして運のわるいお客たちを処刑しろとめいじる、女王さまのかなきり声― ―またもやぶた赤ちゃんが公爵夫人のひざでくしゃみをして、まわりには大皿小皿がガシャンガシャンとふりそそいでいます― ―またもやグリフォンがわめき、トカゲの石筆がきしり、鎮圧されたモルモットが息をつまらせる音があたりをみたし、それがかなたのみじめなにせウミガメのすすり泣きにまじります。

  そこでおねえさんはすわりつづけました。目をとじて、そして自分が不思議の国にいるのだと、なかば信じようとしました。でも、いずれまた目をあけなくてはならないのはわかっていました。そしてそうなれば、まわりのすべてがつまらない現実にもどってしまうことも― ―草がカサカサいうのは、風がふいているだけだし、池はあしがゆれて水がはねているだけ― ―ガチャガチャいうお茶わんは、ヒツジのベルの音にかわり、女王さまのかなきり声は、ヒツジかいの男の子の声に― ―そして赤ちゃんのくしゃみ、グリフォンのわめきなど、いろんな不思議な音は、あわただしい農場の、いりまじったそう音にかわってしまう(おねえさんにはわかっていたんだ)― ―そして遠くでいななくウシの声が、にせウミガメのすすり泣きにとってかわることでしょう。

 最後におねえさんは想像してみました。この自分の小さな妹が、いずれりっぱな女性に育つところを。そして大きくなってからも、子ども時代の素朴で愛しい心をわすれずにいるところを。そして、自分の小さな子どもたちをまわりにあつめ、数々の不思議なお話でその子たちの目を、いきいきとかがやかせるところを。そのお話には、ずっとむかしの不思議の国の夢だって入っているかもしれません。そして素朴なかなしみをわかちあい、素朴なよろこびをいつくしみ、自分の子ども時代を、そしてこのしあわせな夏の日々も、わすれずにいるところを。

訳したやつのいろんな言い訳

 いやあ、ほかならぬこの本について、いまさら何かぼくがつけくわえることがあるかね? まあいちおう、さくしゃともとの本のことは書いておこうか。

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 この本を書いたのは、ルイス・キャロルという人だけれど、これはペンネーム。本名はチャールズ・L・ドジソンといって、十九世紀の前半くらいにイギリスの数学の先生だった人だ。この人は、ロリコンのへんたいで、ちっちゃな女の子をはだかにして写真をとるのがだいすきだった。いまならカメラこぞうとかいわれる人になったかもしれないね。

 このお話は、1832年に出版された。もとは近所の三人姉妹の女の子たちにせがまれて、ドジソン先生がその場の思いつきででっちあげたお話だ。アリスというのも、その女の子たちの一人。一番下の妹だった。お話のなかに出てくる「ダイナ」というねこも、この子たちがほんとうに飼っていたねこの名前なんだって。それがおもしろかったので、そのまま本にして出した。その後、ちょっと書き直したところもあるらしいけれど、まあほとんど変わっていない。それがベストセラーになって大評判になって… …そしていままでつづいている。

 それともう一つ、このお話にとって決定的だったのが、ここにも入れたイラストだ。ルイス・キャロルは「アリス」をちょっと書き直している、とさっき書いた。何度めかの書き直しで出版したときに、イラストを描いたのがジョン・テニエルという人だ。そして人がかいたこのイラストは、どういうわけかアリスという子のイメージを完全にきめてしまった。じつはこのアリス、じっさいにこのお話を最初にきいた、三人姉妹のアリス(つまりほんとのモデル)とはぜんぜん似ていないんだって。でも世界中の人が、「アリス」といって思いうかべるのは、このイラストのイメージだ。ちがったイラストをつけようとした人もいっぱいいる。でも、テニエルをしのぐものは一つもない(足もとに及ぶものさえない)。ディズニーがこれをアニメにしたんだけれど、そのときもこのテニエルの絵に完全にえいきょうされているし、金子国義という日本でちょっと有名な画家が、アリスが大好きで自訳自挿画のアリス本を先日出したんだけれど、そのイラストもテニエルの呪縛からは逃れられていない。

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 もともと子ども向けのお話ではあるんだけれど、このお話はなんだかみょうに、おとなたちに人気が出ちゃった。この「アリス」をつつきまわしていろんな出まかせや思いつきをいう人はたくさんいる。まあ出まかせやおもいつきにも、おもしろいの、つまんないのといろいろある。

 たとえばぼくたちのいるこの宇宙は、どんどんふくらんでいることがわかっているんだけれど、このお話でアリスがのびたりちぢんだりするのは、その宇宙のぼうちょうと似てるじゃないか、とかね。こういうたとえばなしは、人によってはおもしろいな。

 あと、大人になると、人間はとてもエッチになるので、のびたりちぢんだりというとみんなすぐにおちんちんのことを考えちゃうのだ(ああ、大人のおちんちんはのびたりちぢんだりするんだ。でも、みんなそれをはずかしいことだと思っているので、お父さんとかにきいたりしないほうがいいよ)。棒みたいなものが出てくると、それもじつはおちんちんなんじゃないか、と思ったりする。あるいは女の子は、おちんちんのかわりにわれめがついているので、すきまとかわれめとか出てくると、みんな女の子のわれめじゃないかな、と思ったりするんだ。そういうことを考えすぎて頭がおかしくなっちゃって、それで「アリス」をすみからすみまでさがして、棒だの穴だのわれめだのをかぞえてよろこんでる人たちも、ずいぶんいっぱいいるんだ。棒は78本あるんだって。バカだね。