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 でも、だれかに見せたいな、と思ったとき、いちいち書いた人に「いいですか」ときくのはめんどうくさい。じゅうしょも電話番号もしらないし。それにさいきんでは、みんながはたをふりたがるようになっちゃったもので、いったいだれがはたをもってるのかさえわかんなくなっている。だからぼくは、この文にはそういうはたをつけないことにした。ついでにほかの人も、そういうはたをつけちゃいけないことにした。これでみんな、もっときらくに文がつかえるようになる、はずだ。

 それにこの訳は、電子ファイルにもなっているんだ。いままでみたいに紙の本でしか読めないと「三月うさぎはどこにいたかな」と思ってもさがすのがたいへんだ。電子ファイルにしておくと、コンピュータがそういうことをやってくれる。そんなべんりさもあるんだ。

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  どんなにべんりで、じゃまなはたがなくても、訳したものがまちがってたり、へたくそだったりしたらどうしようもない。でもぼくは、いままで日本でほんやくをしてきた人の中では、かなり上手なほうなので、あまり心配しなくていい。なかには、ニンジンがきらいな子がいるのと同じように、ぼくの訳がどうしても好きになれない人もいるし、それよりぼくという人間がきらいな人もいる。でも、そういう人がいっしょうけんめいさがしても、この訳でホントにまちがってるところはなかなかみつからないだろう。ぼくはこのお話をなんども読んで、かなりよく知ってるんだもの。

 ただしさっきもいったように、これはもう何度もほんやくされてるお話だ。だからいままでの人たちも、もうずいぶんいろいろくふうをしてきた。だもんで、ぼくがやったからといって、そんなすっごく訳がよくなったりはしていない。いまある訳としても、ぶっちぎりの一番じゃなくて、二ばんとの差はほんのちょっとしかない。

 訳すときには、たいした注意はしていないけれど、ただなるべくアリスの話かたを自然にしようとした。これまでの訳だと、アリスは自分でぶつぶつ言っているときにも、かなりよそゆきのことばをしゃべったりしてる。それってへんだろう。アリスはずいぶんむかしの女の子だから、たしかにちょっと古いしゃべりかたをしているけれど、でもそこ頃の人たちとしてはごくふつうにしゃべってたはず。そのふつうなところをちゃんと出したいな、と思ったわけだ。

 とはいえ、これはちょっとむずかしい。このお話で、アリスは6つくらいだろうけれど、でもじつは最近の日本の高校生でも知らないようなことをたくさん知っている。たとえば最初のところでうさぎの穴を落ちながら、アリスは地球のまん中までどのくらいあるかを、すぐにおもいだせる。あるいはフランス語もちょっとしゃべれちゃったりする。すごいね。むかしの人はいっぱい勉強したんだ。だからふつうに訳すと、すごくものしりな高校生もどきがしゃべってるみたいに聞こえちゃうんだ。そこはなんとかくふうして、小学校5年生くらいの口ぶりにはしたつもりだけれど、それでもかなりませた感じになる。でも、これでせいいっぱいなのでゆるしてね。

 そしてそれ以外のところも、だれかが女の子に読んできかせている、という感じをだいじにしようとしている。ふつう、こういうのを読んであげるときは、ふつうに読みながら、ちょっとむずかしいところや説明なんかを、ちょっと口ぶりを変えてはさんだりする。文中でかっこ()に入っているのがそういうところだ。そういうところで口ぶりを変える感じもだそうとした。

 で、それはうまくいってるかな? ぼくはわれながら、なかなかじょうずにできたと思っているけれど、それはみんなが自分で読んできめてほしい。「こうしたほうがいいよ」と思ったら、それをぼくに教えてくれてもいいし、あるいはこの文をもとにして、自分流の訳をつくったり(そのときは、ぼくのをもとにしてるってことは書いておくようにね)、それともこんな訳なんか完全にうっちゃって、まっさらな訳を自分でやってみたりする人が、もっともっと出てくるといいな。

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  みじかくすませるつもりが、えらく長くなってしまいました。では、次の『鏡の国のアリス』でまたお目にかかろう。じゃあね。