アリスはせんすと手ぶくろをひろって、ろうかがとても暑かったので、せんすであおぎながらしゃべり続けました。「あらまあ、きょうはなにもかもふうがわり! きのうは、ほんとにいつもどおりだったのに。あたし、夜のあいだに変わっちゃったのかしら。そうねえ。起きたときには、おんなじだったっけ? なんだかちょっと変わった気分だったような気もするみたい。でも、おんなじじゃないんなら、つぎの質問は、いまのあたしはいったいぜんたいだれ? それがかんじんななぞだわ!」そしてアリスは、おないどしの子たちを思いうかべていって、そのなかのだれかにかわってしまったかどうかを考えてみました。
「エイダじゃないのは確かだわ。エイダのかみの毛は、とっても長い巻き毛になるけど、あたしのかみはぜんぜん巻き毛にならないもの。それとぜったいにメイベルじゃないはず。だってあたしはいろんなことを知ってるけど、メイベルときたら、まあ! もうなんにも知らないでしょう! それに、あの子はあの子だし、あたしはあたしだし、それに――あれ、わかんなくなってきちゃった!まえに知ってたことをちゃんと知ってるか、ためしてみよう。えーと、四五の十二で、四六の十三で、四七が――あれ、これじゃいつまでたっても二十にならないぞ! でも、かけ算の九九はだいじじゃないわ。地理をためしてみよう。ロンドンはパリの首都で、パリはローマの首都で、ローマは――ぜんぜんちがうな、ぜったい。じゃあメイベルになっちゃったのね! 『えらい小さな――』を暗唱してみよう」そしてアリスは、授業でするみたいにひざの上で手を組んで、暗唱をはじめましたが、声がしゃがれて変てこで、ことばもなんだか前とはちがっていました:――
* * * * *
「えらい小さなワニさん
ぴかぴかのしっぽをみがいて
金色のうろこひとつずつを
ナイルの水であらいます!」
「うれしそうににったりと
なんてきれいにツメをひろげて
小さな魚をよびいれます
やさしく笑うその大口で!」
* * * * *
「いまの、ぜったいにまちがってるはずだわ」とかわいそうなアリスは言って、目に涙をいっぱいにうかべてつづけました。「じゃあやっぱりメイベルなんだ、そしたらあのちっぽけなおうちにすんで、あそぶおもちゃもまるでなくて、ああ!それにお勉強しなきゃならないことが、ほんとに山ほど! いやよ、決めた。もしあたしがメイベルなら、このままここにいるわ! みんなが頭をつっこんで『いい子だからまたあがってらっしゃい!』なんて言ってもむだよ。こっちは見上げてこう言うの。『だったらあたしはだれ? まずそれを教えてよ。それでもしその人になっていいなと思ったら、あがってくわ。そうでなければ、べつの人になれるまでここにいる』――でも、あーあ!」とアリスは、いきなり涙をながしてさけびました。「ホントにだれか、頭をつっこんでくれないかな! もう一人ぼっちでここにいるのは、すっごくあきあきしちゃったんだから!」
こう言いながら手を見おろしてみると、おどろいたことにうさぎの小さな子ヤギ皮の手ぶくろが、手にはまってしまっていました。「どうしてこんなことができちゃったんだろう?」とアリスは思いました。「あたし、また小さくなってるんだ」立ち上がってテーブルのところへいって、それと比べてせたけをはかってみると、まあだいたいの見当ですが、いまや身長60センチくらいで、しかもぐんぐんちぢみつづけています。やがてその原因が、手にもったせんすなのに気がついて、あわててそれを落としました。あぶないところで、ちぢみきって消えてしまわずにすんだのです。
「いまのはまさにきき一発だったわ」アリスは、いきなり変わったせいでとてもおびえてはいましたが、まだ自分がそんざいしているのを見て、とてもうれしく思いました。「さあ、そしたらお庭ね!」と、あの小さなとびらをめざしてぜんそくりょくでかけもどりました。が、ざんねん! 小さなとびらはまたしまっていて、小さな金色の鍵は、さっきとかわらずガラスのテーブルのうえで、「しかもさっきよりもひどいことになってるじゃないの」とあわれな子は考えました。「だってこんなに小さくなったのははじめてよ、ぜったい! まったくざんねんしごくと断言しちゃうわ!」
そしてこのせりふを口にしたとたんに足がすべって、つぎのしゅんかんには、ボチャン! あごまで塩水につかっていたのです。最初に思ったのは、どういうわけか海に落ちたんだろう、ということでした。「そしてもしそうなら、列車で帰れるわね」と思いました。(アリスは生まれてから一回だけ海辺にいったことがあって、そこからひきだした結論として、イギリスの海岸ならどこへいっても海には海水浴装置(かいすいよくそうち)があり、子どもが木のシャベルで砂をほっていて、海の家がならんでいて、そのうしろには列車の駅があるもんだと思っていたんだな)。でも、すぐに気がついたのは、自分がいるのはさっき身長3メートルだったときに泣いた涙の池の中だ、ということでした。
訳者のせつめい:海水浴装置、というのは、むかしは水着になったところが見えるとイヤラシイとみんな思ってたから、タンクみたいなものに入って、それでそれごと海に入れてもらったんだって、そのタンクのこと。
「あんなに泣かなきゃよかった!」とアリスはあちこち泳いでそこから出ようとしました。「おかげでいま、おしおきを受けているんだわ、自分の涙におぼれて!それってどう考えても、ずいぶんと変なことよね! でもきょうは、なにもかも変だから」
ちょうどそのとき、すこしはなれたところで、なにかがばちゃばちゃしているのが聞こえました。そこでそっちのほうに泳いで、なんだか調べてみました。最初はそれがセイウチかカバにちがいないと思ったのですが、そこで自分がすごく小さくなっているのを思い出しました。そしてやがてそれが、自分と同じようにすべってこの池にはまってしまった、ただのネズミなのがわかりました。